プロジェクトストーリー08 国内初にして最大!複数のバイオマスを大規模にエネルギー化!プロジェクト実現へと導いたプロフェッショナルたち。

「国内初にして最大」に挑むプロジェクト始動!

豊橋市は、“環境にやさしい暮らしの実現”を市の目標に掲げ、新エネルギーの利用を積極的に推進している。その取組みのなか、市の総合計画として複合型バイオマス利活用施設を建設、運営することになった。この施設は、これまで別々に処理されていた生ごみ、し尿・浄化槽汚泥、下水汚泥を1箇所にまとめて処理する。それぞれを単独で処理する場合に比べてコスト低減を図ることができる。処理量は、汚泥、し尿約500m3/day、生ごみ60t/dayと国内最大。この規模での複合型バイオマスのエネルギー化は国内初となる。
また、バイオマス資源は、メタン発酵され、発生したガスで発電が行われる。発電した電力はFIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)を活用し、クリーンなエネルギーとして売電される。さらに処理の過程で出た残渣も炭化することで新たな燃料と生まれ変わり、バイオマス資源の完全エネルギー化が実現される予定である。

当社はこれまでも数多くの下水汚泥処理発電施設や、国内最大の生ごみによるバイオマス発電施設の設計・建設を行った実績がある。しかしながら、このプロジェクトは、複数のバイオマスを混合し、大規模にエネルギー化するため、過去の経験に加え、技術的な工夫を要する非常に難しいものであった。技術だけではない。このプロジェクトは、市のPFI事業として位置付けられ、建設資金の調達から今後20年間の長期にわたる施設の安定した維持管理・運営が求められた。プロフェッショナル達にとっても新たな挑戦で、計画の始まりから現在へと至るその道のりは平坦なものではなかった。

2012年12月、営業担当の橋本は、豊橋市が複合バイオマス発電事業の検討を具体的に進めているとの情報を掴み、実際に事業化が可能かどうか検討を始めた。
「まず、類似案件である『長岡市生ごみバイオマス発電PFI事業』のプロジェクトメンバーやその他の同種施設の建設に携わったメンバーが中心となりWG(ワーキンググループ)を立ち上げました。また、今回の案件は土木建設工事の規模も大きく、ゼネコンの協力が必要だと考えていた時、鹿島建設から協業の打診がありました。実は、当社と鹿島建設は、2005年から『Lotusプロジェクト』という、複数のバイオマスをメタン発酵する技術を共同研究した経緯があり、開発した技術が国土交通省の認定を受けていました。
両社が保有するこの最先端技術を実用化すれば、この事業は実現できると直感的に思い、両者の想いも合致しました。」
早速、本格的に豊橋市のプロジェクトの実現を目指す体制づくりが始動した。2013年3月、正式にJFEエンジニアリングが代表企業となり、鹿島建設、鹿島建設関連会社に加え、地元企業、PFI事業におけるアレンジャーの実績が豊富な銀行、銀行関連会社であるコンサルタント会社を迎えたチームが出来上がった。

「かつてない新たな技術」を生み出す

プロジェクトマネージャーの小倉は、「かつてない、そしてどこにもない技術を生み出していく」イメージで取り組んだという。
「長岡プロジェクトや同種施設の建設に携わった知見豊富なメンバーを中心にWGで議論を重ねました。当社は総合エンジニアリング企業として、他本部にも多くの知見者がいます。Lotusプロジェクトの技術のブラッシュアップは勿論、活用できる技術や知識を求めて、まずさまざまな意見を収集することから始めました。それと同時に豊橋市の協力を得て生ごみや下水汚泥のサンプリングを行い、有機物などの組成を調べました。組成は地域性や季節によっても特性が違うため、豊橋市におけるメタン発酵のガス発生量を知っておく必要があったのです。
20年後まで、安定した運転を約束する計画を立てるためには重要な要素でした。さらに、稼働中の長岡に蓄積されている膨大なデータの精査など、最初の数カ月はとにかく可能な限りの情報収集や調査、分析、技術検討に費やしました。」

また、今回は当社だけでなくゼネコン、地元企業、銀行と協業して事業化を目指すため、各社の関係者も多岐にわたる。プロジェクトメンバーは一丸となり交渉や調整を行った。そのひとりである営業担当の山口は言う。
「計画段階では個人や会社間でも様々な意見が食い違い、ぶつかり合うこともありました。今思えば、それを乗り越えられたのは、最終的に計画を『絶対に実現させる』という共通の思いがあったから。会社を超えて全員が一丸となりました。また銀行や銀行のコンサルタント会社も初期段階から参加し、サポートしてくれました。また、プロジェクトメンバー以外の多くの方々からたくさんのご支援を頂いたことに深く感謝しています。」

JFEグループが創り上げた事業計画は最終的に豊橋市より高い評価を得た。橋本はそのポイントを次のように語る。
「経験に裏打ちされた提案をすることが出来たことは勿論ですが、一番大切な点は、顧客に寄り添い、求めるものに対して出来る限り誠実に対応することを心掛けたことだと思う。
計画は、豊橋市が不安視していた点をひとつひとつ丁寧に解決していくことを中心に作り上げました。例えば、生ごみの安定処理について、実際に長岡の施設で明らかになった『課題と克服した過程』を包み隠さず話すことで、信頼を得ることができました。さらに地元企業との連携や、稼働後は運転員に地元の方を採用するなどの地域貢献をPFI事業の運営計画に盛り込みました。」
運営・維持管理を担当する井上も、長岡での運営経験が大きなポイントだったと語る。
「この施設はバイオマス発電ならではの難しさがあります。微生物による処理は温度管理や代謝作用などに配慮が必要で、機械だけでは対応できません。当社研究所のメタン発酵や下水処理の有識者にも相談して、長岡の時には現場まで来てもらうことも多々ありました。苦労を重ねた実績が今回の事業に繋がり、今後も大きく発展して行くのだなあと思うと嬉しいです。」
また井上は、今回コストダウンを実現した営業の「技術」に感心したという。コストをかけるべき部分と削れる部分の最適な配分を考えた提案や、対外的な交渉術など営業が担った役割は大きい。まさに営業・技術さらに会社といった垣根を越え、プロジェクトメンバーが一丸となり、総力戦で実現したプロジェクトといえる。

全国へ、世界へ発信する「豊橋モデル」

豊橋市は当社が建設・運営している「長岡市生ごみバイオマス発電PFI事業」にかねてから注目しており、橋本が市を訪ねた際も長岡プロジェクトの話に熱心に耳を傾ける等、豊橋市のこのプロジェクトに懸ける熱意を感じたという。現在、建設が進む現場でも「いいものを作りたい」という市の情熱は全く変わらない。計画時から設計を担当している下田は、当時入社1年目から、この大仕事を手がける。プロセス、機器、配管の総合的な設計を任されたが、バイオマス分野は経験したことがなかった。
「初めての分野への挑戦ですから、勉強することが多く、設計もプロセスフローを作り上げるまでが大変でした。現場でそれが実用化しようとしています。最後まで目配りが必要なので気が抜けませんが、完成が待ち遠しいです。」
お互いの意見が合わない時もあるが、そのような時、下田は「我々はこう思う」という根拠資料を作って市の担当者と話し合う。そこには信頼の上に成り立つ「共に作る」というスタンスがあり、現場には活気が溢れているという。

この事業は全国紙にも多数取り上げられた。下田は自分が「日本の最先端」の仕事に関わっていると実感したという。
「就職活動中の学生から『豊橋の話を聞かせてほしい』とよく言われ、影響の大きさを感じました。学生は下水処理分野での技術的な発展は難しいと考えているけれど、まだまだ改善できる部分は多い。新しい分野なので興味があるようです。」

今後、このような複合型バイオマスエネルギー化施設は全国に普及していくと考えられる。橋本にその展望を聞いた。
「『バイオマス』という言葉に興味を持つ自治体は多く、具現化する可能性を我々が創り出していきたいですね。人口が少ない自治体なら、生ごみと下水汚泥を一緒に処理して事業性を持たせることもできます。国内だけでなく世界的な需要もあるでしょう。いずれは、廃棄物の分別や収集の仕組みが確立していない東南アジアを中心に積極的に技術を発信していきたいです。」

豊橋の複合型バイオマス資源利活用PFI事業は「豊橋モデル」としてさまざまな可能性を全国へ、そして世界へと発信する。施設の完成によって彼らの挑戦が結実するのは2017年10月になる予定だ。プロフェッショナルたちの奮闘はまだまだ続く。

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