プロジェクトストーリー07 ミャンマー国ヤンゴンに一刻も早く高架橋を!5.5ヶ月での竣工を成し遂げたプロフェッショナルたち

信頼できるメンバーが集結し、スピード感を共有

ヤンゴン市では著しい経済成長に交通インフラの整備が追い付かず、深刻な交通渋滞が問題となっている。特に市街地における主要道路の交差点は交通量も多く、渋滞の原因になりやすい。コーカイン高架橋建設はこの交差点を立体化し、渋滞問題を解決するべく計画された。受注に至る経緯をプロジェクトマネージャーの岩廣に聞いた。
「当社は地元ゼネコンのキャピタル社※と協働で2013年にシェゴンダイン高架橋、2014年にミニゴン高架橋を建設した実績があります。今回もキャピタル社と共に、日本の技術・品質レベルの高架橋を短工期で完成させることをアピールしました。工事中の渋滞回避、インフラの早期整備の観点から、ミャンマーでは建設スピードが評価の大きなポイントになるのです。」
キャピタル社は当初から過去の高架橋より早く完成させたいとの意欲を持っていた。前2案件では11ヶ月、8ヶ月と工期短縮記録を更新してきたからだ。
※キャピタルディベロップメント社

「竣工まで6ヶ月」という命題への挑戦

岩廣は8月3日の受注決定翌日、キャピタル社より「全体工期は6ヶ月。来週から杭用の鉄筋加工、9月に杭打ちを始め、桁架設は11月末から」と告げられた。これまで経験したことのないスピードに驚き、その場面が記憶に深く刻まれたという。プロジェクトチームはさらなる「工期短縮」という課題と向き合うことになった。岩廣は言う。
「1年前に建設したミニゴン高架橋建設を小坂田さん、工藤さん、井上さんが部分的にでも経験していた。コーカインではメンバーがスピード感を共有していかなければならない。早く、確実な物を造っていく中で、信頼できるメンバーが揃っていたのは心強かったですね。」
このスケジュールに合わせ、まず動いたのが設計を担当する井上だ。
「6ヶ月後に完了させるなら、鋼板材料手配用の図面を2週間でまとめなければなりません。でも日本ではお盆休みと重なってしまう。協力会社さんに何とかお願いして、やっと間に合わせたのです。私は1年間ミャンマーでの実務経験があり、現地で要求されるスピード感もわかる。だから日本にいても、挑戦する気持ちを共有できていたと思います。」
また架設計画を担当した工藤にも、市街地での工事ならではの苦労があった。
「市街地のため架設ヤードが非常に狭く、詳細な架設計画の立案には苦労しました。通常は工期を早める場合、仮設備の上に桁を置いていく。ひとつ終えて、次のことを始める。しかしここでは最初に仮設備を建ててしまうとクレーンが入れないかもしれない。そこで架設計画案を複数準備し、現地で手順を確認しながら最終案をまとめたのです。」
万一に備えて次の手を用意して臨んでいた。一般的に日本の橋梁の場合、全体工期は15ヶ月程度を要する。今回の案件がどれほどのスピードで成し遂げられていったかがよくわかるだろう。

「時間の壁」を超えた創意と秘策

J&Mスチールソリューションズ※を率いる小坂田は対応に追われた。
「11月初旬から製作を開始して1ヶ月後に発送。年内に発送完了という、最短期間での対応をしました。25日連続で出荷した時は、さすがに最後は諦めかけましたが岩廣さんが許してくれなかった(笑)。何とか大晦日に最後のブロックが現地に届いた時は本当にほっとしました。岩廣さんには『何としても年内に納めたい』という信念があって、強いリーダーシップで引っ張ってもらいましたね。」
通常なら発送はまとめて1日1回だ。しかし今回は製作をしながら、出来た物から順に出荷していくという方法を採用。さらに小坂田には秘策があった。
「キャピタル社の了解を得た上で、日本国内で行う仮組の工程を省略したのです。市街地のため曲線の高架橋にも関わらずです。もちろんブロック単位での精度管理を担保することが前提です。例えば日本では接合する板を設計に従って製作しますが、今回はブロックを作った後に計測を行って製作するという段取りにしました。合わない場合は現地で計測を行い、調整する。製作の工程を見直し、迅速に対応することにしたのです。」
一部の小型部材は現地の協力会社に製作を依頼した。しかしミャンマーでは納期を守らせることが難しい。今回は一刻を争うため、J&Mのスタッフが工程管理を行い、彼らをフォローすることにした。
※ミャンマー国建設省との合弁会社で、現地の製造拠点

成し遂げた新記録、5.5か月での竣工

2016年3月に竣工予定だったコーカイン高架橋は2月に完成。メンバーの努力と創意を結集し、目標を上回る5.5ヶ月という短工期を達成した。大晦日に最後のブロックを送り届けた小坂田はこんな思いを口にした。
「我々にとって大晦日に現地に立ち会うという感覚はなかなか味わえません。両側から橋を架けて、最後の『落とし込み』がうまく収まった時には、ひとつ大きな仕事が終わったなという感慨がありました。」 岩廣と小坂田は元旦にキャピタル社の社長と朝食に出かけ、「次は4ヶ月だね」と言われたという。岩廣はさらなる工期短縮に挑むのだろうか。
「さすがにそれは難しい。我々はできるだけ『日本品質』を目指してきました。だからこそ鋼材もすべて日本から2~3ヶ月かけて送っている。工期短縮より、品質の部分ではまだできることがあると考えています。日本の技術でミャンマーに橋を架け、その技術が将来はミャンマーから近隣諸国へと発信されていくことを願っています。これも国際貢献のひとつではないかと思います。」

人を育て、伝える日本の技術

岩廣は今回の現場で若いミャンマー人社員の成長を間近に見ていた。当社のインターンシッププログラムを経て入社した1年目の社員が、現場で桁架設のスーパーバイザーとして日本人と共に働き、力を発揮していた。
日本の技術を伝えるという意味では、井上は付属品の作図作業の多くの部分を、また工藤は架設計画の作図をテクノマニラの若いフィリピン人技師に任せていた。工藤は彼が将来ひとりで架設計画を行えるように、重機の配置、安全に関する事項まで細かに指導した。
「完成した計画図を見て彼の成長度合いが感じられました。彼の作成した架設計画書はとても完成度が高く、現地で着実に成果を上げました。」

100年以上、世界地図に残る仕事

後輩たちのために、コーカイン高架橋建設に携わった意義を訊いてみた。井上は新人に、多彩な経験を積むことが将来の財産になると常々言っている。
「我々はみんな、数年前まで海外で仕事をするなんて誰ひとり考えていなかった。でもある日突然、海外へと言われてこうして仕事ができています。学生には多岐にわたる経験を積むことを薦めます。当社はそういった機会に多く恵まれる会社。広い視野を持って仕事に挑んで欲しいと思います。」
さまざまな分野での経験は、やがて海外でのプロジェクトに自信を持って臨める源になるのだろう。学生時代、土木工学を学んだ小坂田が次のように締めくくってくれた。
「土木は経験工学だとよく言われますが、その経験は仕事としては地図に残っていきます。ミャンマーのスタッフに『一体この橋は何年残ると思うか』と尋ねると、彼らの感覚では10年か、20年と言うんです。でも日本の技術を駆使した橋は、基本的に100年以上はインフラとして機能し続けるはずです。学生の頃に言っていた『地図に残る』ということが、今は一層実感できますね。」

プロジェクトメンバーが立ち向かった5.5ヶ月でのコーカイン高架橋建設。一人ひとりが日本品質を守り抜きながら工期短縮に力を尽くした。ヤンゴンの交通の要となる「100年橋梁」を造り上げたメンバーの言葉には、苦労とともに誇りがにじんでいた。これからもプロフェッショナルたちは新たな挑戦を続けていく。

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